「どうした?」
「襲撃を受けた!フリードの一部を欠損! きゃあっ」
その言葉を聞く前に、俺は動き出している。レーザー砲が飛んできた方向に向かって、全力で向かう。レーザーブレードで目の前の木々を一掃し、最短距離で向かう。
美佳を失うわけにはいかなかった。これまで何度か見てきた、仲間のフリードが破壊される場面を思い出し、全身から冷汗が出るのを感じる。
到着したとき、片腕を食いちぎられた美佳のフリードと、通常ワームが対峙していた。どうやら、レーザー砲ごと食いちぎられたらしい。俺はレーザーブレードで攻撃しようとして……それが消灯し、熱を失うのを感じる。構わず投擲し、余熱を持ったままのブレードがその頭部に突き刺さり、ワームが崩れ落ちる。
美佳のワームは、その場に立ち尽くしている。いつもなら、気丈に言い訳してきそうなところだが、それもない。
「敵の接近に気づかないなんて、美佳らしくない」
「女の子が……」
「え?」
「さっき、そこに女の子がいたの!」
美佳が、驚きを隠せない様子で俺に訴えかける。言っていることの意味が分からない。こんな場所で人間が生きていけるわけがない。しかし、どうやら美佳にからかうつもりはないらしく、まくしたてる。
「彼女を助けようとして……」
「話はわかった。その女の子はどこ」
「探査中……情報を受信。見つけた! 向こうに走って逃げてる」
「了解。俺が救助する」
「待って――その方向には、巣がある!」
一瞬背筋が凍りつくが、俺は動きを止めない。ここで引き下がるようなら、死んだ方がましだ。俺はフォートレスのみんなを守るために戦っている。もしかしたら建前かもしれないけど、それが理由だ。ここで他人を犠牲には出来ない。
「構わない。サポートを頼む」
「……了解。生きて戻りなよ」
その声を聞いた時には、すでに俺は全速力で女の子がいたという方角へ向かっている。
2
ワームが生息する巣というものがある。
彼らはそこで生まれ、成長する。十分に成長すると、巣の中で繁殖し、また数を増やす。俺たちが普段戦っているワームは、成長のための捕食を行うために巣の外に出てきたワームだ。彼らは呆れるような勢いで様々なものを捕食し、食べるものがなくなると、別の場所に移動し、また食べる。
そして、彼らは糧にしたものをゴアクリスタルに変え、体に纏う。体を動かすとき、それを体内に吸収し、エネルギーに変える。
彼らが数を増やしていけば、あらゆるものは食いつくされ、いずれこの世界はワームが生み出したクリスタルに覆われるだろう。
森を抜けてその巣が見えたとき、俺は瞠目した。
女の子が、洞窟に――ワームの巣に逃げ込むところだった。
「行くな!」
思わず叫ぶも、その声はもとより届くはずもない。洞窟に踏み込めば、生きて帰れる保証がないことは知っている。しかし、ここで見殺しにするわけにはいかなかった。
「止まれ。その先に行くことを禁ずる。小隊長命令だ」
無線で武さんからの声が届く。逆らったら、あとで罰を受けることはわかっていた。
それでも、止まるわけにはいかなかった。
洞窟の入口を抜けると、辺りは暗闇に包まれる。俺のフリードには、探査アタッチメントはついていない。ライトをつけると、足元がかすかに照らし出されるが、敵がどこから飛び出してくるかもわからなかった。
「可能な限り徐行。音を立てないように」
美佳から当然の助言が届く。俺は今武器を持っていないし、女の子もまだあまり奥には行っていないはずだった。言われてようやく気付くくらいには、俺は焦っているらしい。
静かに、静かに俺は洞窟内を進んでいく。幸いにも、まだワームの気配は感じられない。
女の子の気配も感じられなかった。もしかしたら、もう女の子は捕食されてしまったのかもしれない。そんな考えを振り払って、進んでいくと、変化が訪れた。
あたりが、仄かに明るくなっていく。
最初は、意味が分からなかった。かすかな緑色の光――冷静になれば、それがゴアクリスタルによるものだと気づく。
洞窟のあちちから、緑色の結晶体が飛び出している。
「なんだ、これ……」
「どうしたの、俊希。何があったの?」
俺は美佳の声にこたえず、徐行しながら辺りを見回す。結晶は増えていき、ますます明るくなっていく。もう、ライトを点ける必要もないほど明るかった。
どこか神秘的な光景――それらがワームの捕食物の成れの果てだと思いなおして、不気味さで気温が下がったような気がするが、それでも、美しいことに変わりはなかった。
そして、俺はそれを見つけた。
腕をひん曲げられ、足を食いちぎられたフリード。おそらく、以前にこの洞窟に入り込み、ワームに食い殺された仲間。
死の気配が、突然に体を貫く。一刻もはやくここを出ないと、自分もこうなる。そう宣告されているようだった。
しかし、その機体の陰に、俺は見つけた。
女の子が、身を小さくして震えている。緑色の光に照らされ、涙を流していることまで見て取れた。
濃密な死の影の中にぽつんと座り込む彼女に、心を揺り動かされる気がした。死の淵にある希望――そんなものを見つけた気がして、俺は気づいた時には、手を伸ばしていた。
差し出された、巨体の手のひらに気づき、少女は不安いっぱいの目で上目遣いに俺を見る。
その目がだんだんと見開かれ、表情は明るくなった。彼女の声が聞こえた。
「」
その時だった。
前方から威圧感を感じて、とっさに片腕を突き出す。同時に、腕が引きちぎられてなくなるのを感じた。
ワームが目の前に現れていた。嫌な音を立てて、噛み砕かれていく。
恐怖に顔を引きつらせてそれを見上げる少女を残った手のひらに乗せ、俺は後退しようとする。
しかし、背後でも異変が起きていた。出口をふさぐように、もう一体のワームが現れている。
思考が止まりそうになる。武器を失い、片腕を失い、もう片腕に少女を抱える俺に勝機は見いだせない。でもここであきらめるわけにはいかない。この女の子を救うこともできず、自分も無駄死にする――そう考えたとき、合理的な答えは女の子を見捨てることだ。片腕があれば、出口に近いワームの攻撃をいなし、脱出することが可能かもしれない。もしかしたら、女の子も自力でこの洞窟を脱出できるかもしれない。
俺は何度もこういった命のやり取りの現場で戦ってきた。こういった瞬時の判断で誤った者から死んでいく。
俺は少女の顔を見た。涙の跡が残る顔は、俺を頼りにしていた。
俺は――
「貴様に死なれるわけにはいかない」
無線を通して、冷たく切り付けるような声が聞こえた。
ぎょっとした。そして、生き残れる予感がした。
まばゆい光が走った。出口側にいたワームが、文字通りぐちゃぐちゃになって吹き飛ばされる。結晶と体液が飛び散り、一瞬で命が消えるのがわかる。
パイルバンカー――超至近距離でエネルギーをぶつけ、結晶を抉り、内部を破壊する兵器。槍のような形状のその武器を構えたフリードが、立っていた。
「紗季隊長……」
全小隊の中でも最強の力を誇るomega小隊――そのフリードの胸には、その隊長であることを示す紋章が象られている。彼女の外骨格は完全な重武装フリード――俺たちが乗るフリードとは、強度もアタッチメントも、格が違う。
彼女は有無を言わせず、俺の横を通り過ぎ、もう一体のワームに向かっていく。ワームも対抗して口を開くが、紗季の動きのほうが一足も二足も早い。噛みつく以前にパイルバンカーを口内から頭部に向けて発砲する。ワームの身体が弾け飛び、ちぎれ、残骸がその場に残った。
「いますぐ帰還しろ。……その少女が、貴様が追いかけたものか」
「連れ帰らせてください」
しばしの沈黙ののち、冷たい声が無線に入る。
「いいだろう。持ち帰れ」
紗季はすぐに俺に背を向け、別の部隊の補助に向かっていった。